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写真と思考

安楽死に関わる生命倫理の問題

2019年11月に京都在住の筋萎縮性側索硬化症(ALS)の女性患者が、医師二名に安楽死を依頼し殺害された事件はまだ記憶に新しい。

日本には、安楽死を認める法律がなく、安楽死を依頼され実行してしまえば嘱託殺人罪に問われることになる。この事件は、嘱託殺人という法に関する問題の他、主治医ではない医師二名が金銭を受領し、偽名で患者宅を訪問して殺害するという医療倫理上の問題もあるが、別の機会に論ずることにする。

この事件から現時点では「自己決定権」の及ぶ範囲が刑事司法領域において、承諾は違法性を阻却し得ないことが分かる。

私は、安楽死を合法化すべきと考えており、それには法改正が必須であるが、この手の生命倫理に関する話題は忌避され、安楽死事件が起きた直後は話題になるものの国民間での議論が活発とは言えない。

そこで本稿では、安楽死議論の重要性とそれに係る諸問題について検討する。

 

医療技術は、「長生きしたい」,「病気で苦しむ人を救いたい」このような願いから発展し、平均寿命は、1960(昭和35)年時、男65.32歳,女70.19歳であったのに対し、2015(平成27)年時、男80.75歳,女86.99歳にまで延びた。

生活環境の変化によるものもあるだろうが、医療技術の発展と不可分であることは言うまでもない。

しかし、医療技術の進歩と生命尊重という単に心臓だけが動いている状況を維持することだけを価値とする古い社会倫理によって患者の身体に負担を与えながら延命処置を施す事態が発生した。

 

近年、「尊厳死」,「インフォームドコンセント」という言葉を聞く機会が増えてきた。尊厳死とは、患者が自らの意思で延命処置を行うだけの治療をあえて受けずに人としての尊厳を保ったまま死を迎えることである。

一方、インフォームドコンセントとは、医師が治療や臨床試験・治験の内容について説明し、対象者が十分理解した上で、対象者が自らの自由意志に基づいて医療従事者と方針において同意または拒否の意思を示し合意することであり、患者の自己決定権を保障するシステムあるいは一連のプロセスである。

尊厳死を選ぶことはインフォームドコンセントの一つとされている。尊厳死は、「消極的安楽死」に分類され、人工呼吸器その他の延命治療のための措置を中止することであり、必要なプロセス(インフォームドコンセント含む)を経た上で延命治療中止を行うことは、倫理的に正当とされ現時点で司法が介入してきた事例はない。

薬剤を投与するなどの方法は「積極的安楽死」に分類され、積極的安楽死は、自発的安楽死,非自発的安楽死,反自発的安楽死に細分化される。

前述した嘱託殺人事件は、女性患者のものとみられるブログやTwitterの投稿から、進行性の難病に侵され自由が利かなくなる体や生活を悲観し、安楽死を求めていたことが分かっているため、意思能力を備えた成人が自らの意思で死を望んでいる場合である自発的安楽死に該当する。

尊厳死と自発的安楽死どちらも自らの自由意志に基づいて自己決定権を行使した結果であるが、患者の意思を尊重して薬剤を投与した医師は嘱託殺人罪に問われてしまう。

両者の違いを挙げるならば、尊厳死は命から手を引き、安楽死は命に手を加える、というものだろう。

前述した古い社会倫理である生命尊重という価値観のもと法律が作られたことで命に手を加えることは悪とされているが、ここで、生命尊重という思想は善いものなのかという疑問が生じる。長らく議論されてこなかったこの問いについて議論することは、安楽死議論に直結することであり、高度な現代医療を享受できる今こそやるべきである。

 

私は、医療技術によって延命してほしいと考える人が延命できることは喜ばしいことであると思うが、死にたい、これ以上生きていたくないと考える人が死を選べるようにすべきとも思う。

生命尊重は、自らの生を肯定することが前提にあり、自らの生を肯定する人・肯定することが可能な人達が自らを正当化するために生命尊重を善いものとしたが、反対に、死にたいと考える人の目には悪としか映らない。

何をしても生きる喜びを感じられず、生を肯定できなかった人が死ぬその瞬間だけ生を肯定し、生きる喜びを感じるならば、生きることと同様に死ぬことも肯定されなければならない。

 

 

 参考文献

難病情報センター 筋萎縮性側索硬化症(ALS)(指定難病2): https://www.nanbyou.or.jp/

時事通信 2020年07月24日 患者女性「安楽死許して」ブログなどに赤裸々な内面―医師嘱託殺人

内閣府 令和元年度高齢社会白書

MSDマニュアル インフォームドコンセントhttps://www.msdmanuals.com/ja-jp/

日本医事新報社https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=10406

日本臨床倫理学http://square.umin.ac.jp/j-ethics/topic_2_5_5.htm

樋口範雄: 終末期医療と法 医療と社会 2015

植村和正 井口昭久:「安楽死」と「尊厳死」-法律的考察- 生命倫理 1999

廣瀬政雄: 選択的治療停止と終末期医療 鳴門教育大学研究紀要 第24巻 2009